2008.08.15 月明かり
いわいは9時30分、定時に柳井港を出港。
神舞前日の昼便で、満員かと思いきや乗船率は80%くらい。

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10時、室津到着。

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ここで一気に人が増えた。
この船に全員乗るのは無理。
相当な積み残しがあった。

祝島到着。
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「うらうらうら〜」
「よ〜もどったのんたぁ〜〜」
「まあ〜あんたがひさしぃ〜のや〜」

島のおばちゃんたちの甲高い声がどこからともなく聞こえてくる・・・・

さっそく祝島メシ

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そして昼寝(食っちゃ寝、食っちゃ寝の繰り返しでした)
本当はこんなことじゃいけない・・・「神舞」に自分もなにか参加(お手伝い)したいんだけれど、
なんでもいい、小屋の掃除でも、テント張りでも、・・・でも、何をどうすればよいのかわからん。
自分で積極的にそれを見つけて動けばいいのだろうけど、それもわからない。
だんだん「祝島」が遠い存在になってると気づく。

夕方、磯へ下る。
ここでも魔法のように「大阪・北新地で食ったら何万円はする」ような魚介類が出てくる。

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あれ食え、これ飲め攻撃に降参して、
満腹になった腹を抱えて神舞小屋へ散歩。

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小屋でも宴会。
どこか知らないおばさんにビールをいただいてその場で一気飲み。
シャギリ隊の三味線。音のズレた音色が心地よい。

そして、戻る途中、停電というハプニング。
電子レンジとホットプレートとヒーターとドライヤーを一気に点けて、
家のブレーカーがパチンっと落ちたみたいに一瞬で島が真っ暗になった。
詳しい原因は知らないけれど、夜の8時過ぎという、食卓が一番うるさい時間帯を考えると、
電気の使いすぎ?かもしれない。まさに島全体がひとつの大きな家みたいな感じです。

停電になったからといって、バタバタ慌てることもなく、特に困り果てたってこともなく、
子どものころに戻ったような「停電」に遭遇したときのワクワク感と妙なテンションの上がり方。
自然の夜の色ってこんなんだったんだろうなあ・・・。

停電というハプニングなのに優しくて落ち着いた夜。
最近「オール電化」がウリのマンションの広告が大阪の自宅のポストに入ってるけれど、
なんだか野暮ったく思える。

すぐに復旧するものと思っていたら意外に(島では意外じゃないのかもしれんが)長い。
(ぼくは寝ててわからなかったけれど、6時間くらい停電していたらしい。)
真っ暗だった家々の窓にオレンジ色の明りがゆれ始めた。
ローソクの炎。

それは祝島の人たちが使った電気ではないと思う(たぶん)
よそから来た人たち(その人たちのために)使った電気なのに・・・
ヨソの人が使う電気のために島が犠牲になる・・・
これって「上関(祝島沖)原発」の構図そのものじゃないか・・・。

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真っ暗闇な島を照らしてくれたのは月の明かりだった。
やわらかくてやさしくい光・・・
やっぱり自然は雄大だ。

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開け放たれた窓にカーテンが夜風に揺れる向こうにローソクの炎。
話し声や笑い声が聞こえる。
これぞ本物のキャンドルナイト。

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月ってこんなに眩しかったっけ・・・
2008.08.14 柳井2
クルーズホテルにて同窓会(高校)
自然に集まるようないつもの顔ぶれ以外に、30年振りに会う者もいた。
やっぱり30年も経てば、え、うそ〜どうしたん?って思うようなのもいる。

まだ30代の前半で十分通るものいれば、どう見たって60歳は超えてるようなのもいる。
会った瞬間、閃光が走って脳の中のスクリーンがハイビジョンのごとく鮮明に見えれば、
必死で記憶の引き出しの中を弄っても、どうしても思い出せないのもいる。
彼(彼女)らから見たぼくはどっちなんだろうか・・・

クルーズホテルの会場、料理がショボかったのに引きずられて、
最初はヨソヨソしく白けた雰囲気だったけれど、次第に盛り上がってきた。
2次会のカラオケでは歌を歌う暇もなく、(画面に流れてる映像と音楽が程よいBGMになって)
ずっとおしゃべり。30年分の話に花が咲いてくれた。
2008.08.13 柳井
夕方の新幹線で大阪を経って(新大阪→徳山→柳井)柳井へ。
今日、13日は金魚まつりで、宿泊先だった青木くん宅に親戚が集まったらしく、
ぼくの居場所がなくなって駅前のビジネスホテルを取っておいてくれた。

金魚ちょうちん、祭りに舞う(中国新聞)

新聞によると8万人が繰り出したらしい・・・
確かに真っ直ぐ歩けないほど人がいっぱいいた。

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柳井駅に着いた頃にはもうお祭り一色な空気に包まれていて、
いつのも顔ぶれの同級生(高校)たちとブラブラ。
普段は人っ子一人いないような町に大勢の人出。
賑々しくもあり寂しくもある。
2008.08.12 神舞
祝島神舞公式ホームページ

六ヶ所ラプソティの監督鎌仲監督も13日から取材に来られ、
『ナミイと唄えば』を制作した纐纈監督やルポライターたちが「祝島」を撮られています。
アフリカのバンドも演奏し、そして、あの内田正洋さんも祝島へ 。

ワタクシもいざ祝島へ・・・
赤塚不二夫さんが亡くなってその葬儀でのタモさんの弔辞が感動的だった。
横山やすしのときの西川きよし、いかりや長助のときの加藤茶、松本竜介のときの島田紳助、ウガンダのときのグッチ裕三・・・ らのどこか白々しくて今さら感アリアリな見てるこっちが恥ずかしくなるような弔辞とはちょっと違ってた。

あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかし、あなたから後悔の言葉や相手を恨む言葉を聞いたことはありません。
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あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。
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私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言う時に漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今、お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。
ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の1つです


タモリ弔辞全文(アドリブだった、という噂)

それにしても、いろんな人たちがいろんなコメントをしてるんだけれど、なかでも笑ったのが、昔は「マンガを読んだらバカになるぞ」って脅してたろくに赤塚マンガを見もしないような大人たちが、その思い出を語ってたり、羞恥心(あのおバカタレントたち)にコメントを取りに行って、「おバカの教祖」って紹介してて、彼ら(彼女ら)と同列に扱ってたこと。なんと失礼な。

先日、Sに3万円踏み倒されたことをグチグチとこのブログに書いたワタクシめ、器が小さきです。
でも、まだまだ「これでいいのだ」とは言えないセコイな人間なのです。